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立本寺は、京都の日蓮宗の本山です。

電話でのお問い合わせはTEL.075-461-6516

〒602-8345 京都府京都市上京区七本松通仁和寺街道上る一番町107

見出し幽霊飴(子育て飴)

幽霊飴の伝説

その昔、京都の東山に「みなとや」という飴屋がありました。(注1)
「みなとや」は京都の飴の老舗(しにせ)であり、町民からの評判も良いお店でした。

 ある日の晩、店主が店じまいしようとしたところ、暗闇から一人の若い女の人が現れました。
 彼女は一文銭を取り出し、「飴を下さい。」と言いました。そして、店主から飴を受け取ると、夜の暗闇の中に消えて行きました。

 その翌日の晩、その次の晩も、同じ女の人が一文銭を持って飴を買いに来て、それは六日間にまで及びました。
 そして七日目の晩のことです。彼女が飴を買って行った後、店主が飴の代金に受け取った一文銭を見てみました。すると、それは「しきみの葉」だったのでした。

 不審に思った店主が、彼女の後をついて行くと、行った先は「立本寺の墓地」でした。そして彼女は墓地に入ると突然、スッ…と消えてしまいました。

 驚いた店主が、耳をすませますと、どこからともなく赤ちゃんのオギャーオギャーと泣く声が聞こえました。
 声のする方へ行ってみると、ひとつのお墓にたどり着きました。声はお墓の下から聞こえたのです。
 驚いた店主がお寺の住職に伝え、お墓の下を掘ってみることにしました。

土から掘り起こした桶(注2)の中を見てみますと、そこには、毎晩飴を買いに来ていた女性の遺体があり、またその傍(かたわ)らには、飴を食べて丸々太った赤ちゃんがいたのでした。

 つまり、この女性はすでに亡くなった方であり、埋葬時に入れられた桶の中で、我が子を産んだのでした。そして、「このままだと可愛い我が子が死んでしまう。」と不憫に思ったお母さんが、夜な夜な幽霊となって飴を買いに行き、我が子に食べさせてあげていたのです(この時に持っていた一文銭は、死者の身に付けた六文銭(注3)を一枚ずつ持ち出したものだったのです。)。

 この時の赤ちゃんが、大人になった後に出家し、立本寺第二十世・霊鷲院日審上人となったのです。
 我が子を想う母のやさしさが描かれた伝説として、現在まで立本寺に伝えられています


(注1)「みなとや」は今も現存しています。

(注2)当時(江戸時代初期頃)の埋葬方法は、土葬が一般的でした。

(注3)六文銭(ろくもんせん)とは、死者が三途の川を渡る時に必要な渡し銭のこと。糸に通した六文銭を、埋葬時に遺    体の首に掛けます。
    七日目の晩に「しきみの葉」を持ったのは、六文銭が無くなったからでした。

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西龍華 具足山 立本寺

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